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京都地方裁判所 平成2年(行ウ)20号 判決

京都市西京区大枝西新林町一丁目三番五号

原告

武田剛

右訴訟代理人弁護士

荒川英幸

京都市右京区西院上花田町一〇の一

被告

右京税務署長 板橋三郎

右指定代理人

本田晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成元年三月一日付でした原告の昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税更正処分のうち、別紙2ないし4の各1の各事業所得欄(〈9〉)記載の金額をそれぞれ超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告のした昭和六〇年ないし昭和六二年分(以下「本件係争各年分」という。)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)に、調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、肩書の住所地(以下「原告方」という。)に居住し、京都市南区吉祥院這登西町四〇番地(以下「事業所」という。)において、「武田板金塗装工業」の屋号で、自動車板金塗装業を営む、いわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分等、異議申立て、異議決定、審査請求及び裁決の経緯は、別紙1記載のとおりである。

三  争点

1  調査手続の適法性

2  本件各処分における推計の必要性

3  本件各処分における推計の合理性

4  実額反証

四  原告の主張

1  調査手続の適法性(争点1)

被告は、次の違法な税務調査に基づき本件各処分をした。

(一) 原告は、本件の税務調査以前に三回の調査を受けているが、いずれの場合も、第三者の立会いの上で調査が行われた。しかし、本件では、被告の部下職員(以下「職員」という。)は、他の納税者に対する税務調査では、第三者の立会いを認めていながら、原告に対する調査では、その立会いを拒否した。

これは、原告に対する税務調査は、第三者の立会いの上で行うという慣行に反しており、また、いわれなく原告を差別的に取り扱ったことになるから、職員において、その裁量権の範囲を逸脱し、濫用したことになる。

(二) 事前通知をしなかった。

(三) 調査理由の開示をしなかった。

(四) 原告に対する調査を十分に行わず、しかも承諾なく取引先に対する反面調査を行った。

2  本件各処分における推計の必要性(争点2)

被告の原告に対する推計課税は、前示違法な税務調査によるものであり、しかも、調査を十分に尽くしたものとはいえないから、推計の必要性がない。

3  本件各処分における推計の合理性(争点3)

(一) 被告が抽出した四業者と原告とでは、業態が異なり、類似性がない。

(1) 原告は板金塗装業を営んでいるが、利益率のよい板金部門は外注に出している。

(2) 原告の事業所は、同業者の多い南区内にあり、下請けであるから、単価も低い。

(二) 被告の推計方法はずさんであり、信用性、合理性がない。

被告が抽出した四業者の中に、業者が集中する南区と下京税務署管内の業者が含まれていないし、異議決定時の資料と比較すると、仕入金額や収入金額に差異がある。

(三) 原告は、平成三年度の確定申告から、青色申告書による申告を行っているが、その申告内容と比較しても、被告の推計には合理性がない。

4  実額反証(争点4)

原告の本件係争各年分の売上金額、仕入金額、必要経費(一般経費及び特別経費)、事業専従者控除額、事業所得金額は、別紙2ないし4の各1の各欄記載のとおりであり、その各明細は、昭和六〇年分については別紙2の2ないし2の5、昭和六一年分については別紙3の2ないし3の5、昭和六二年分については別紙4の2ないし4の5記載のとおりである。

そうすると、本件各処分の認定した別紙1記載の事業所得の金額は、右実額による所得金額に比べて過大であるから、被告のなした推計課税は、違法であり、取消を免れない。

五  被告の主張

1  調査手続の適法性(争点1)

質問検査権の範囲、程度、時期、方法等は、税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査の事前通知、理由の告知等も、その要件ではない。反面調査の要否も税務署員の合理的選択に委ねられている。

第三者の立会いを認めるか否かも税務署員の裁量に委ねられているから、過去の調査において立会いを認めていたとしても、本件調査において認められなければならないものではない。

本件税務調査手続に、社会通念上相当な限度を超えた違法な点はない。

また、税務調査の手続は、課税庁が課税要件の内容をなす具体的な事実の存否を調査するための手続にすぎず、この調査手続自体が課税要件となるものではないし、更正処分等の取消訴訟は、客観的な所得金額の存否を争う訴訟であるから、たとえ違法な調査手続によって収集された資料に基づいて右処分がなされた場合であっても、当該処分が客観的な所得金額に合致する限り、課税処分の効力を左右するものではない。

2  本件各処分における推計の必要性(争点2)

(一) 被告は、職員をして、昭和六三年七月二七日から平成元年二月一四日までの間、本件係争各年分の原告の所得税の調査に当たらせた。その際、職員は、原告方ないし事業所に合計七回臨場し、原告に対し、帳簿書類の提示等税務調査に対する協力を求めた。しかしながら、原告は、第三者の立会いがなければ調査に応じられないなどとして税務調査に協力しなかった。

(二) このため、被告は、やむを得ず、原告の取引先等に対する反面調査によって把握した資料をもとに、推計により算定した金額に基づき本件各処分を行った。

(三) したがって、本件につき、推計の必要性が存在する。

3  本件各処分における推計の合理性(争点3)

(一) 原告の事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、別紙5の〈8〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が一一七五万四三一二円、昭和六一年分が九二七万二四一三円、昭和六二年分が一一五六万八四三二円であるが、その算定方法は以下のとおりである。

(1) 売上金額

原告の本件係争各年分における売上金額は、別紙5の〈1〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が五〇九〇万三六七一円、昭和六一年分が四二三九万九七八九円、昭和六二年分が四八四五万四四二四円であるが、これらの金額は、いずれも別紙5の〈3〉欄に記載の塗料等仕入金額を、別紙6ないし8の〈3〉欄に記載の同業者の当該各年分の塗料率(塗料等仕入金額を売上金額で除した割合)の平均値(以下「平均塗料率」という。)でそれぞれ除して算出したものである。

(2) 塗料等仕入金額

原告の本件係争各年分における塗料等仕入金額は、別紙9記載のとおり、昭和六〇年分が二三五万六八四〇円、昭和六一年分が二〇一万八二三〇円、昭和六二年分が二一九万〇一四〇円である。なお、「塗料等」とは、別紙10に記載の区分により下塗り塗料、中塗り塗料、上塗り塗料、特殊塗料及び補助材料をいう。

(3) 算出所得金額

原告の本件係争各年分における算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費を控除した金額)は、別紙5の〈5〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が一五八四万六三一二円、昭和六一年分が一三三六万四四一三円、昭和六二年分が一五九一万二四三二円であるが、これらの金額は、いずれも前記(1)の各売上金額に、別紙6ないし8の〈6〉欄に記載の同業者の当該各年分の算出所得率(算出所得金額を売上金額で除した割合)の平均値(以下「平均算出所得率」という。)をそれぞれ乗じて算出したものである。

(4) 地代家賃(争いがない。)

原告が、本件係争各年分において、事業所の地代家賃として伊藤忠治に支払った額は、別紙5の〈6〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が三一九万二〇〇〇円、昭和六一年分が三一九万二〇〇〇円、昭和六二年分が三二九万四〇〇〇円である。

(5) 事業専従者控除額(争いがない。)

昭和六〇年分ないし昭和六二年分の事業専従者控除額は、別紙5の〈7〉欄記載のとおりであるが、この金額は、原告が昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の確定申告書に記載した原告の妻武田厚子及び長男武田篤志に係る事業専従者控除額の合計額である。

(二) 同業者の抽出経緯

(1) 大阪国税局長は、上京、中京、下京、右京、東山、左京、伏見及び宇治の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて次のイないしチの各条件のいずれにも該当するすべての者を抽出の上、報告するよう通達を発し、その結果、各税務署長から報告を受けた同業者の総数は、六名であった。

イ 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。

ロ 自動車板金塗装業を営んでいること。

ハ 右記以外の業種目を兼業していないこと。

ニ 事業所が上京、中京、下京、右京、東山、左京、伏見及び宇治税務署のいずれかの管内にあること。

ホ 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

ヘ 売上(収入)金額が一八〇〇万円以上、八〇〇〇万円未満であること。

なお、売上(収入)金額の範囲は、国税不服審判所の裁決時の認定額を基礎に、上限を最も多い昭和六〇年分の約二〇〇パーセント、下限を最も少ない昭和六一年分の約五〇パーセントとしたものである。

ト 事業専従者が一名ないし二名であること。

チ 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(2) 被告は、右により抽出された各同業者の塗料等仕入金額が一〇〇万円以上四七〇万円未満の範囲にある者を選定するために、各同業者に対して照会を行い、その回答に基づき別紙6ないし8に記載の上京A、東山A、左京A及び左京Bの四名を選定した。

右同業者の、本件係争各年分における、売上金額、塗料等仕入金額、塗料率、売上原価及び一般経費、算出所得金額、算出所得率は、別紙6ないし8記載のとおりである。

(三) 抽出同業者との業態の違い等について

(1) 原告は、利益率のよい板金については全て外注に出し、塗装しか行っていないことから、抽出同業者とは業態が異なる旨主張する。

しかし、利益率は、収入と経費の相関関係によって決まるものであって、原材料の有無のみでその高低が決まるわけではないし、板金にも原材料が必要となる場合もあり、結局、板金の方が塗装よりも利益率がよいとの根拠はない。また、原告は、塗装のみならず、板金についても原告の名で請け負い、板金及び塗装全体の代金を得ていたものであるし、外注先の越野板金には、原告の事業所の敷地の一部を無料で使用させ、その部品代金も、原告が支払い、越野板金には、手間賃しか払っていない。そうすると、原告の業態は、板金についても従業員を雇い、これに給与を支払って塗装・板金を共に行う業者のそれと実質的に異なるところはない。

したがって、板金を外注に出していることをもって、原告の業態が、一般の自動車板金塗装業者と異なることにはならない。

(2) 原告は、同業者が多い京都市南区において営業していることや、下請けであることから、他の同業者よりも単価が低く、抽出同業者と業態が異なる旨主張する。

しかし、自動車板金塗装業者の価格設定が、地域的に著しく異なり、かつ、京都市南区においてそれが格段に低いことをうかがわせる客観的な証拠はない。また、原告自身、板金塗装業者が仕事を受けるルート(自動車会社、修理工場、保険会社、個人)によって、単価に差があるわけではないと供述しているから、右主張自体失当といわざるを得ない。

(3) 原告は、被告が抽出した同業者について、同じ業者であるのに、異議決定時の資料と訴訟段階の資料とで、塗料等仕入金額や収入金額が異なることから被告のした同業者の調査自体がずさんで信用できない旨主張する。

しかし、塗料等仕入金額の差異については、「塗料等」に該当するもの(別紙10参照)の区別の仕方や、帳簿の締め日の関係で生じ得るものであるし、収入金額の差異については、異議決定における売上金額では雑収入を除いていたのに対し、訴訟段階の売上金額の主張においては、雑収入を含めたものとしていることから生じたものであって、被告のした抽出過程に不合理な点は全くない。

(4) 原告は、平成三年度の申告から青色申告手続を行っており、その申告内容と比較して、本件推計が不合理である旨主張する。

しかし、原告の提出する右確定申告書等は、本件各課税処分の係争中にされた申告によるもので常に正確であるということができるものではないし、また、本件各課税処分時に存在しなかったものである。このような証拠によって所得の算出あるいは被告の同業者率による推計の合理性の判断が許されるとすれば、課税処分後に不正確な資料によって容易に課税庁による推計課税を覆し得ることになるおそれが生じ、推計課税による課税処分は著しく困難なものとなるといわざるを得ない。

したがって、係争中の者のした申告の基礎となった資料の正確性については、一般的な場合と異なり、これを是認すべきではない。

4  原告の実額反証(争点4)に対する反論

(一) 納税者が推計課税において認定された所得金額を実額の反証によって覆すためには、その主張する収入金額がすべての取引先とのすべての取引によるものであること及びその主張する必要経費が実際に支出され、右収入と対応するものであることを立証しなければならない。

さらに、事業所得の実額による把握は、すべての収入金額及びこれに対応した費用の金額を正確に記帳した会計諸帳簿によって算出し、かつ、その帳簿の真実性、正確性を原始記録によって確認することによってなされるものである。

すなわち、日々継続的に記帳された会計帳簿は、収入の計上漏れの生ずるおそれが少なく、し意的な操作をすることも困難であることから、一般には網羅性を認めることができ、かつ、会計帳簿間での関連性や原始資料と照らし合わせることによって、その正確性を検証することができるのである。

右のような会計帳簿が存在せず、単に納品書や領収書等の原始資料のみに基づいて計算された所得額は、納品書や領収書等を破棄又は集計しないことによって、容易にし意的な金額の操作を行うことができる点で、信用性に欠けるものといわざるを得ない。

(二) 売上金額について

(1) 原告は、売上金額を立証するものとして、甲一号証の売上明細書と称するノート(以下「本件ノート」という。)のみを提出している。しかし、本件ノートは、本件訴訟において証拠として提出するため、本件訴訟が始まってから、原告の妻において作成されたものであり、しかも、金額しか記載されておらず、「日々継続して記帳された会計帳簿」でないことは明らかである。本件ノートの記載をもって原告主張の実額を認定することは不可能である。

原告の妻は、原告の手元に残っている納品書控えから本件ノートを作成し、納品書控えと同一の符号を付した旨供述するが、別紙11記載のとおり、「甲第一号証の問題点〈1〉」において指摘したものについては、符号の記載がなく、その基となる納品書控え自体存在しないことが明らかである。また、「甲第一号証の問題点〈2〉」において指摘したものについては、請求月の合計金額として記載のある金額とその月の個別取引の明細の合計金額が一致しておらず、その作成根拠自体が不明というほかない。

(2) 被告は、原告が実額主張の立証として本件ノートを提出した時点から現在に至るまで、一貫して、納品書控え等を書証として提出するよう出張してきたものであるが、原告は、これら納品書を書証として提出しない。

(3) さらに次に述べるとおり、右原告主張の売上金額には、明らかに、漏れが存在する。

イ 被告がした照会に対する萬田稔の回答によれば、原告の萬田稔に対する売上として、昭和六〇年一〇月分四万円、昭和六一年五月分六万円、同年六月分七万円、同年一二月分八万円、昭和六二年六月分九万五〇〇〇円、同年一二月分一七万円が存在する。

原告は、萬田稔に対する売上を何ら主張・立証していない。

ロ 原告名義の銀行預金口座(京都銀行洛西支店・口座番号二九七九一)には、原告の実額主張に係る売上先以外の業者が振り出した小切手の入金があり、これら業者が振り出した小切手の受取人は、いずれも松田自動車工作所である。

右の事実は、原告が、松田自動車工作所から、右各小切手を受け取ったことをうかがわせるものであるところ、その取引は、原告と松田自動車工作所の業種に照らして、自動車板金塗装業に関連するものであることを優に推認させるものである。

そして、右取引としては、昭和六〇年九月分一六万二二二〇円、昭和六一年一月分四万八九四〇円、同年四月分二万九九六〇円、六月分二万〇一六〇円、同年一〇月分二一万四三八〇円、同年一一月分九万〇四〇〇円が存在する。

しかるに、原告は、松田自動車工作所に対する売上を何ら主張・立証しない。

(三) 必要経費について

(1) 必要経費に関する問題点は、以下に指摘するほか、別紙12ないし14記載のとおりである。

(2) 租税公課

イ 固定資産税

事業用割合として四分の一を主張するが、その使用割合を認定できる程度の日々の事業用の使用があったとは認め難い。

ロ 自動車税

領収証書の宛名が他人名義になっている。事業との関連性が不明である。延滞金は、必要経費にはならない。

(3) 通信費(電話代)

自宅分の電話代(基本料金及び通話料)には家事使用分も含まれており、全額が事業上の必要経費となるものではない。

(4) 接待交際費(株式会社OSC京都)

昭和六〇年一〇月分は、九三〇〇円である。

(5) 消耗品費

巖本金属株式会社の荷受計量証について、スクラップの処理の費用である旨主張するが、これに記載された金額は、巖本金属株式会社が、原告からスクラップを買い入れ、その代金として、巖本金属株式会社から原告に対して支払われたことを示すものである。よって、これらの金額は、事業上の必要経費にならず、むしろ、収入として計上すべきものである。

(6) 雑費

イ 新聞代

事業との関連性が認められない。

ロ KPC会費

京都中小企業組合の会費であると主張するが、原告名義の通帳によれば、「KPCキュウフキン」として、昭和六〇年四月五日に五〇〇〇円、昭和六一年四月五日に五〇〇〇円、昭和六二年四月六日に二万円のそれぞれの入金があり、これらは、原告の収入金額として計上すべきものである。

第三争点の判断

一  調査手続の適法性(争点1)

所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。したがって、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。

そうすると、原告主張の事実関係を前提にしても、被告の職員による質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由となるような刑罰法規違反や公序良俗違反等の重大な違法があるとは認められないから、原告の主張は、主張自体失当というべきである。

のみならず、右質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁)。

また、いわゆる反面調査について、特に納税義務者の承諾を得る必要も、時期的制限もなく、右の質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り、右の要件の下に質問検査権行使の一つとして反面調査を行うことができる。

そして、本件においては、原告主張の事前通知、調査理由の開示をしないこと、調査に第三者の立会いを認めなかったこと、調査に応じないとして原告の承諾なく反面調査を行ったことなどにつき、職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告の利益との衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によるも認めることはできない。

原告は、過去の調査において、第三者の立会いを認めてきたと主張し、原告本人もその旨供述するが、仮にそうだとしても、原告に対する税務調査においては第三者の立会いを認めることが慣行として成立していたとまでいうことはできず、原告に対して、第三者の立会いに関し、差別的取扱をしたとの事実も認めることはできない。

よって、原告の主張1は失当である。

二  本件各処分における推計の必要性(争点2)

証拠(証人児美川哲也、同武田厚子、原告(一部))及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張2(一)(二)のとおり、原告の職員に対する税務調査非協力の事実、及び被告が、社会通念上当然に要求される程度の努力をしても、原告の本件係争各年分の各所得税を算出するについて、実額計算によることができず、推計課税を行う必要があったことが認められる。

三  本件各処分における推計の合理性(争点3)

1  同業者の抽出経緯

(一) 証拠(乙一ないし一六、一八ないし二三、証人高野美保)及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張3(二)の(1)(2)の事実が認められる。

右同業者の抽出基準は、業種、業態の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。また、その抽出作業について、抽出同業者を管轄する税務署長及び大阪国税局の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告は確定しており信頼性が高い。

したがって、右同業者の塗料率及び算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の所得金額の推計には、特段の事情のない限り合理性があるものということができる。

(二) 原告は、板金については全て外注に出し、塗装しか行っていないことから、他の自動車板金塗装業者よりも所得率(利益率)が低く、同業者と業態が異なっている旨主張する。

しかし、推計による所得金額の算出においては、その性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収されるものというべきである。

本件の場合、板金においても原材料が必要となる場合もあり(原告)、板金の方が塗装よりも利益率がよいとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、証拠(証人高野美保、原告)によれば、原告は、塗装のみならず、板金についても原告の名で請け負い、板金及び塗装全体の代金を得ており、外注先の越野板金には、原告の事業所の敷地の一部を無料で使用させ、その部品代金も、原告が支払い、越野板金には、手間賃しか払っていないことが認められる。してみると、原告の業態は、板金についても従業員を雇いこれに給与を支払って塗装・板金を共に行う業者のそれと実質的に異なるところはないというべきである。

したがって、板金を外注に出していることをもって、原告の業態が、一般の自動車板金塗装業者と異なることにはならない。

(三) 原告は、同業者が多い京都市南区において営業していることや、下請けであることから、他の同業者よりも単価が低く、抽出同業者と業態が異なっている旨主張し、原告本人もその旨供述する。

しかし、自動車板金塗装業者の価格設定が、地域的に著しく異なり、かつ、京都市南区においてそれが格段に低いことをうかがわせる客観的な証拠はない。また、原告自身、板金塗装業者が仕事を受けるルート(自動車会社、修理工場、保険会社、個人)によって、単価に差があるわけではないと供述しているから、右主張は採用できない。

(四) 原告は、被告が抽出した同業者について、同じ業者であるのに、異議決定時の資料と訴訟段階の資料とで、塗料等仕入金額や収入金額が異なることから、被告のした同業者の調査自体がずさんで信用できない旨主張する。

しかし、証拠(証人高野美保)によれば、塗料等仕入金額の差異については、「塗料等」に該当するもの(別紙10参照)の区別の仕方や、帳簿の締め日の関係で生じ得るものであり、収入金額の差異については、異議決定における売上金額では雑収入を除いていたのに対し、訴訟段階の売上金額の主張においては、雑収入を含めたものとしていることから生じたものであることが認められるので、被告のした抽出過程に不合理な点は認められない。

(五) 原告は、平成三年度の申告から青色申告手続を行っており、その申告内容と比較して、本件推計が不合理である旨主張するが、対象年分が異なっており、右主張は採用できない。

2  推計による営業所得金額の計算

(一) 塗料等仕入金額

証拠(証人高野美保)及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張3(一)の(2)の事実が認められる。

(二) 売上金額

右塗料等仕入金額を、平均塗料率で除して得られる原告の本件係争各年分の売上金額は、別紙5の〈1〉欄記載のとおりである。

(三) 算出所得金額

右認定の売上金額に、前記1(一)認定の平均算出所得率(被告の主張3(一)の(3)を乗じて得られる原告の算出所得金額は、別紙5の〈5〉欄記載とおりである。

(四) 地代家賃の額

当事者間い争いがなく、別紙5の〈6〉欄記載のとおりである。

(五) その他の特別経費の額

原告は、実額反証において、特別経費として、他に雇人費、外注費及び利子割引料の存在を主張するので、検討を加える。

しかし、原告の営む自動車板金塗装業の場合、雇人費及び外注費といった労働力の投下費用は、売上と密接な関係を有する売上原価を構成するものであって、事業主の個別的事情に左右される特別経費には当たらないというべきである。

また、原告主張の利子割引料のうち、京都銀行洛西支店にかかるものは、工場の運転資金としての借入金にかかる利子の支払であると証人武田厚子は供述するが、他に右供述を裏付ける資料はなく、右供述のみで、事業との関連性を認めることはできない。

その余の利子割引料は、証拠(甲九九、一〇〇(いずれも枝番を含む。))によると、いずれも原告の自宅購入のための住宅ローンの支払いにかかるもので、事業上の必要経費とは認められない。証人武田厚子は、自宅一階の八畳と六畳の和室において、事務を執っているため、四分の一は必要経費であると供述する。しかし、原告の事業において、伝票や請求書を作成するのは原告本人である(原告)というのであるから、原告の妻である武田厚子が、右二間を利用して事務を執る必要があるとは容易に認めがたく、また、証拠(甲一一五)によると、原告方の床面積は一、二階を合わせて一四一・二六m2であり、右二間の床面積(二三・一m2)の割合は一六%にすぎない。

以上の点から右利子割引料についても、必要経費とは認められない。

(六) 事業専従者控除額

当事者間に争いがなく、別紙5の〈7〉欄記載のとおりである。

(七) 事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(三)の算出所得金額から、(四)の地代家賃の額と(六)の事業専従者控除額とを控除して得られた金額であり、別紙5の〈8〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が一一七五万四三一二円、昭和六一年分が九二七万二四一三円、昭和六二年分が一一五六万八四三二円となり、被告の主張と同額である。

四  実額反証(争点4)

1  実額反証の立証責任

原告は、その主張4において、本件係争各年分につき、売上金額、売上原価及び必要経費の実額の主張をしているので、原告の右主張について検討する。

そもそも、所得実額の主張をもって、右三2認定の被告の推計を争うためには、売上及び経費の双方について洩れのない全ての実額を主張立証して、正確な洩れのない所得の実額を証明する必要がある。すなわち、前記二認定説示のとおり、本件各処分における推計につきその必要性が認められる以上、原告が所得の実額を主張して課税庁のした右推計の合理性を否定するには、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉洩れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで主張、立証しなければならない。

そして、事業所得の実額による把握は、通常の場合、すべての収入金額及びこれに対応した費用の金額を正確に記帳した会計諸帳簿によって算出し、かつ、その帳簿の真実性、正確性を原始記録によって確認することによってなされるものである。

すなわち、日々継続的に記帳された会計帳簿は、収入の計上漏れの生ずるおそれが少なく、し意的な操作をすることも困難であることから、一般には網羅性を認めることができ、かつ、会計帳簿間での関連性や原始資料と照らし合わせることによって、その正確性を検証することができるからである。

右のような会計帳簿が存在せず、単に納品書や領収書等の原始資料のみに基づいて計算された所得額は、納品書や領収書等を破棄又は集計しないことによって、容易にし意的な金額の操作を行うことができる点で、信用性に欠けるものといわざるを得ない。

2  本件係争各年分の総売上額の検討

(一) 本件の場合、原告は、売上金額を立証するものとして、本件ノートのみを提出している。この本件ノートの内容は、取引先別に日付と金額及び納品書控えの番号が記載され、月別に合計金額が記載されているもので、本件訴訟において証拠として提出するため、本件訴訟が始まってから、原告の妻によって作成されたものである(証人武田厚子)。

してみると、「日々継続して記帳された会計帳簿」でないことは明らかである。

(二) しかも、別紙11記載のとおり、納品書控えの番号の記載がないものがあるうえに、請求月の合計金額とその月の個別取引の明細の合計金額が一致しないものが相当数存在している。

(三) そして、原告は、本件ノートの裏付けとなる納品書控え等を書証として提出しない。

(四) さらに、証拠(乙二四)によれば、原告の萬田稔に対する売上として、昭和六〇年一〇月分四万円、昭和六一年五月分六万円、同年六月分七万円、同年一二月分八万円、昭和六二年六月分九万五〇〇〇円、同年一二月分一七万円の存在が認められる。したがって、原告主張の売上金額には、右取引に関する計上漏れが認められる。

(五) 証拠(乙二五ないし二九)によれば、原告名義の銀行預金口座(京都銀行洛西支店・口座番号二九七九一)に、原告の実額主張に係る売上先以外の業者が振り出した小切手の入金(昭和六〇年九月分一六万二二二〇円、昭和六一年一月分四万八九四〇円、同年四月分に二万九九六〇円、六月分二万〇一六〇円、同年一〇月分二一万四三八〇円、同年一一月分九万〇四〇〇円)があり、これら業者が振り出した小切手の受取人は、いずれも松田自動車工作所であることが認められる。

そして、原告と松田自動車工作所の業種に照らすと、原告が、松田自動車工作所から、自動車板金塗装業に関連して右各小切手を受け取ったことが推認され、右小切手入金額は、原告の売上を構成することが推認される。しかるに、原告主張の売上先には、松田自動車工作所の表示は認められない。

(六) 以上の事実に照らすと、原告の主張する売上金額がすべての取引先からの、捕捉洩れのない総収入金額であるとは到底認めることはできないと言わざるを得ない。

3  本件係争各年分の総必要経費の検討

右のとおり、本件においては、係争各年分の総収入金額の立証が尽くされていない以上、原告主張の係争各年分の実額の経費については、判断するまでもなく、理由がないといわざるを得ない。

第四結論

以上のとおり、被告の推計には必要性、合理性が認められ、原告の実額反証には理由がない。そして、本件各処分は、前認定第三、三(2)(七)の各総(事業)所得金額の範囲内のものであって、いずれも適法であり、これに違法な点はない。

よって、原告の本件各請求は理由がないからいずれも棄却する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 府内覚)

別紙1

課税処分等の経緯

〈省略〉

別紙2-1

昭和60年度収支計算書

〈省略〉

別紙2-2

昭和60年度売上一覧表

〈省略〉

昭和60年度売上一覧表

〈省略〉

昭和60年度売上一覧表

〈省略〉

別紙2-3

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

〈省略〉

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和60年度経費内容明細表

〈省略〉

別紙2-4

昭和60年度電話代

〈省略〉

別紙2-5

昭和60年度社会保険

〈省略〉

別紙3-1

昭和61年度収支計算書

〈省略〉

別紙3-2

昭和61年度売上一覧表

〈省略〉

昭和61年度売上一覧表

〈省略〉

昭和61年度売上一覧表

〈省略〉

別紙3-3

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

別紙3-4

昭和61年度電話代

〈省略〉

別紙3-5

昭和61年度社会保険

〈省略〉

別紙4-1

昭和62年度収支計算書

〈省略〉

別紙4-2

昭和62年度売上一覧表

〈省略〉

昭和62年度売上一覧表

〈省略〉

昭和62年度売上一覧表

〈省略〉

別紙4-3

昭和62年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和62年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和62年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和62年度経費内容明細表

〈省略〉

〈省略〉

昭和62年度経費内容明細表

〈省略〉

昭和61年度経費内容明細表

〈省略〉

別紙4-4

昭和62年度電話代

〈省略〉

別紙4-5

昭和62年度社会保険

〈省略〉

別紙5

事業所得の金額の計算書

〈省略〉

別紙6

同業者一覧表(昭和60年分)

〈省略〉

別紙7

同業者一覧表(昭和61年分)

〈省略〉

別紙8

同業者一覧表(昭和62年分)

〈省略〉

別紙9

塗料等仕入金額の明細表

〈省略〉

別紙10

1 塗料等に該当するもの

〈省略〉

2 塗料等に該当しないもの

〈省略〉

別紙11

甲第1号証の問題点

〈1〉 以下のものには符号がなく、これらの売上金額は、何に基づくものか不明である。

〈省略〉

〈2〉 各月合計金額と明細の合計金額が一致していない。

〈省略〉

別紙12

必要経費の問題点

〈省略〉

必要経費の問題点

〈省略〉

別紙13

必要経費の問題点

〈省略〉

必要経費の問題点

〈省略〉

別紙14

必要経費の問題点

〈省略〉

必要経費の問題点

〈省略〉

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